「もう十分」と、なぜ思えないのか
この記事は一度書き終えていました。
最後まで書き上げて公開ボタンを押すだけ。
なのに押せませんでした。
「もう少し伝わる書き方がある気がする。」
そう思って画面を閉じました。
翌日もう一度開いて、一文だけ直すつもりが気づけば構成まで
全部書き直していました。
また閉じる。
また開く。
また直す。
その繰り返しでした。
「もっと伝わるはずだ。」
そう思っていたのです。
でも何度も書き直しているうちに、ふと気づきました。
私が探していたのは、「もっと伝わる文章」ではありませんでした。
「この程度なのか」と思われない自分でした。
記事を書き直しているようで、本当に書き直したかったのは、文章ではありません。
「まだ足りない」と感じる自分自身だったのです。
完璧主義の正体
私は長い間、自分は完璧主義なのだと思っていました。
でも心理学を学び、コーチングや心理カウンセリングの仕事を続ける中で、
その見方は少し変わりました。
心理学者ドン・ハマチェックは、完璧主義には
①「自分を成長させる完璧主義」
②「失敗や評価への不安から自分を守ろうとする完璧主義」
の2つがあると述べています。
振り返ると、ずっと私を苦しめていたのは間違いなく後者でした。
もっと良い記事を書きたい。
もっと伝わる言葉を届けたい。
その気持ちは本物です。
でもそれ以上に怖かったのは、
「浅い人だと思われたらどうしよう。」
「期待外れだと思われたらどうしよう。」
という不安でした。
心理学者であり作家のブレネー・ブラウンはこんなことを言っています。
「完璧主義とは、自己改善ではなく、承認や受容を得ようとする試みである。」
最初は正直全く腑に落ちませんでした。
私は別に褒められたかったわけではない。
そう思っていたからです。
でも、この記事を書き直し続けていた自分を振り返ったとき、
その意味がようやく分かりました。
私が欲しかったのは賞賛ではありません。
ただ、
「がっかりされたくなかった。」
それだけだったのです。
あの日まで私は、「もっと頑張りたい」のだと思っていました。
違いました。
「がっかりされる自分になりたくなかった。」
ただ、それだけだったのです。
コーチングや心理カウンセリングで見てきたこと
コーチングや心理カウンセリングをしていると、こんな言葉をよく耳にします。
「もう少し整理できたら話します。」
「ちゃんと考えがまとまってから相談します。」
そのたびに同じ気持ちが、今も自分の中にあると気づかされます。
私たちは、「ちゃんとできるようになってから」でないと、
人に見せてはいけないと思い込んでしまいます。
でも、現場で何度も感じてきたことがあります。
人が変わり始めるのは「ちゃんと話せたとき」ではありません。
「うまく話せません。」
「何が苦しいのか、自分でも分からないんです。」
そう言えたときです。
評価される自分ではなく、ありのままの自分でその場にいられたとき、
人は少しずつ肩の力を抜き、自分の気持ちと向き合えるようになります。
だから私は「もっと頑張りましょう」と伝えたいわけではありません。
その人が自分自身に向けている、
「まだ足りない。」
という声が本当にその人を支えているのか、それとも苦しめているのか。
その声を一緒に見つめる時間を大切にしています。
「もう十分」とは
この記事も正直、まだ書き直したいところがあります。
もっと良い表現があるかもしれません。
もっと伝わる構成もあるかもしれません。
でもそう思い続けていたらいつまでも公開ボタンを押せません。
だから今日はこの文章をここで届けようと思います。
100点だからではありません。
今の私が、今の私に書ける言葉だからです。
もし今、あなたの心にも、
「まだ足りない。」
という声があるなら、一度だけ問いかけてみてください。
その声は、本当にあなたを成長させてくれているでしょうか?
それとも、傷つかないように、ずっとあなたを守ろうとしてきた声でしょうか?
もし後者なら。。。。。
今日だけは、その声を追い払おうとしなくてもいい。
ただその声の隣で、自分へこんな言葉をかけてみてください。
「もう十分。」
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